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童顔社長の日々雑感

国内外のシェアリングエコノミー系サービス/感想/自社サービス関連の記事をつらつらと書き連ねていきます

成功する為には優秀な右腕が必要?

成功者と呼ばれている方には優秀な右腕がいるということはよく知られていることですよね。

Appleの創業者・スティーブ・ジョブズにはスティーブ・ウォズニアック

松下電工の創業者であり経営の神様・松下幸之助には義理の弟である井植歳男(後の三洋電機の創始者)

ソニーの創業者・井深大には盛田昭夫

HONDAの創業者・本田宗一郎には藤沢武夫

 

大きなことを成し遂げるためには、たくさんの人達の協力がなければ無理ですし、ひとりでやれることなんてたかが知れています。

問題を抱えてどうしようもない時に、信用し相談することができる人材がいれば経営者にとってこんなに心強いことはないでしょう。

今回はそんな「右腕」の中でも僕が感動したある人の入社エピソードをご紹介したいと思います。

 

その人物とは藤沢武夫

 明治43(1910)年、東京生まれ。京華中学卒業後、日本機工研究所を設立。戦後、本田宗一郎を知り、

 昭和24(1949)年、本田技研工業に常務として入社。経営を担当し、技術部門を担った本田と共に

 “世界のホンダ”の基盤を作る。39年副社長、48年には第一線から退き取締役最高顧問となり、

 58年取締役を引退。この間52年4月には藍綬褒章を受賞。63年12月30日歿。享年78。従四位

勲三等旭日章を受章。

 

創業間もない本田技研工業は経営全体としてみれば、順調というには程遠い状態だったそうです。本田総一郎は技術や生産に打ち込みたかった。

そこで出会ったのが藤沢武夫氏だったとのこと。

福島で製材業を営んでいた藤沢なんですが、共通の知人であったトヨタ自動車の中興の祖・石田退三氏の助言である日、本田氏の自宅を訪ねたそうです。

意気投合していたとはいえ「この男とやっていけるのか。二人で組んで大丈夫か」と一抹の不安が残っていたそうです。

しかし、ある出来事が藤沢の心を大きく動かします。

それは、昼食に本田の妻がお手製のうどんを振舞ってくれたことがポイントだったと後に藤沢は語っています。

「けっして裕福とはいえない宗一郎の妻が自分の亭主を助け、一緒に仕事をしてくれる人が東京からわざわざ尋ねてくるということで、食べきれないほどのうどんを自分で打って、大きなざるに山盛りにして出した。そんな妻のもてなし方に胸を打たれました。こういう女房がいる男なら間違いないと。」

稀代の策士と言われ、本田宗一郎が技術者として集中できたのもこの藤沢氏がいたからだと言われています。

奥様のおもてなしの心が藤沢氏の心を動かし今日のHONDAを作ったと言っても過言ではないと思います。

 

まとめ

優秀な右腕は必要です。しかし、優秀な右腕は優秀な経営者の元にしか来ません。

では、あなたは優秀な経営者とはどういった人物だと思いますか?

技術?学歴?地頭の良さ?僕はそのどれも必要だと思いますが、最も必要な能力だとは思いません。

一番大事なことは、誰かを思いやる気持ちではないでしょうか?

経営者であるならばまずは従業員を大切に思う気持ち、自分の元に来てくれて働いてくれてありがとうという感謝の気持ち。

僕はこれからも支えてくださっている方々に感謝の気持ちを忘れずに頑張っていこうと思います。

 

今回はこんな感じで終わります。

ありがとうございました!また次回もよろしくお願いします。